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榎本恵牧師のコラム

2020/07/29

わが子よ、父の諭しに聞き従え母の教えをおろかにするな。   箴言1:8


箴言には、9つの「父の諭し」と題されたものがある。父の諭しと母の教え。それはユダヤ人の家庭教育の原理原則であるばかりでなく、これから未知なる世界へと踏み出そうとするすべての若者に対しての教訓である。そこには、愛する子供達が道をそれず、真っ直ぐに育って欲しいという親の心が溢れている。「我が子よ、ならず者があなたを誘惑してもくみしてはならない」(10)、「我が子よ、彼らの道を共に歩いてはならない』(15)。しかしながらその頃の子供にとっては、親の忠告ほど口うるさいものはない。特に、友達の事に、口を挟まれることほど嫌なことはないだろう。「友達を選べ」とか「悪い付き合いはするな」とか、そんな言葉に、誰しも一度は反発したに違いない。 私自身のことを言えば、ちょうど思春期真っ盛りの頃、父親を亡くし、母親はさぞかし、この愚かな息子に手を焼いたことだろうと思う。今この年になって、自分の若かりし頃を振り返って見る時、ゾッとする。父の諭しに聞き従わず、母の教えをおろそかにし、自分の本能のおもむくままに、生きていたあの頃。 「何かないかとよくうろついた街、夜になるのを待ち出かけた毎日、それはそれでまたあの頃には、恋としゃれた服で過ぎていった 大事なことを時に任せて 見落とさないかと気づいたのは 君と出会った夏の終わり」(安井かずみ作詞 加藤和彦作曲歌「光る詩」より) この歌を聞くたびに、そんな自分の苦い青春時代を思い出すのだ。 父の諭し、母の教えについて、ある聖書注解者はこう書く。「訓戒、または訓練は、静的な用語とはとても言えない。この語にはたいてい厳格な響きがある。この厳格さには、警告から懲らしめか、鞭による懲らしめまでの幅がある」(ティンデル聖書注解)と。確かに、子に対する諭し、教えは厳格であり、時に激しい痛みを伴うものであるのだろう。けれども、それはいわゆる体罰を、しつけと称したり、また教育的愛情などという言葉で正当化する暴力の痛みではない。そうではなく、このどうしようもない心の傷みや胸の疼き、これこそが聖書的意味での痛みを伴う諭しであり、教えであると、私は今確信している。 かつて、同志社の創設者新島襄は、学内での教師と学生の間の抜き差しならない対立の中で苦悩し、ついに両者を前にし、自らの手をその杖で打ち続けたという。いわゆる「自責の杖」である。自らを罰することで、両者の過ちを不問にふすという新島の折れた杖は、今も同志社に保存され、語り継がれている。教育は、痛みを伴うものである。けれどもそれは体罰などというものでは決してない。自分を鞭打つ新島のその行為に、教師も学生も皆、心が痛み、胸が疼いたのだ。これこそが、聖書の言う、父の諭し、母の教えなのではないだろうか。 ところで、大事なことを時に任せ、ただ自分の本能だけで突っ走っていたようなあの頃の私も、この心の痛み、胸の疼きを感じる時があった。それは今から20年前の、母の乳がんの手術の時だった。それまでの私は、牧師になることを頑なに拒み、自分を正当化し、他者を否定する、そんな男だったし、それで良いと思っていた。ところが、ある日、沖縄に住む私のところに電話がかかり、母が乳がんの手術をし、その付き添いに来るようにとの知らせがあったのだ。慌てて京都の病院へ行くと、手術前のベッドの上で、静かに聖書を読んでいる母の姿があった。ストレッチャーに乗せられ、手術室に入り、5、6時間して出てきた母は、麻酔で意識はなく、これもただ静かに目を閉じていた。私は一人、母のベッドの横で、一晩過ごした。手術は成功したと聞いてはいたが、暗闇の中で時折ウンウン唸る母の声に、私は、自分の心が痛み、疼くのを感じていた。もう、今までの自分のこだわりや正しさなど、どうでも良くなり、気がつくと、無言で横たわる母に、「ごめんなさい」と謝り続け、「父の後を継いで牧師になります」と誓っている自分がいたのだ。 「わが子よ、父の諭しに聞き従え、母の教えをおろそかにするな」(箴言1:8)この言葉は真実である。

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